りすたと!

リスタートするための第一歩。

夫はなぜ妻の髪を撫でるのか『ゴーン・ガール』byフィンチャー先生

フィンチャー先生の最新作『Gone Girl』。ようやく足を運べました。
原作小説が売れてるようですが、私は未読です。
観てからだいぶ時間が経ってしまいましたが、思い出しながら書いてみます。

この映画を一言で言うと――
相手の真の姿が現れる結婚生活と誇張された愛の形を描いたサスペンススリラー。

惚れ惚れする止め絵

ファーストカットからぐぐぐっと一気に引きこまれます。
フィンチャー先生お得意の、何か始まる、何かが起こる、と思わせる「止め絵」はいつ見ても惚れ惚れします。

かっちりした構図の中に、不穏な空気を漂わす色味。編集のタイミング。
何でもない風景が、あたかも邪気をまとっている。この鳥肌の立つファーストカット群を観ただけでも1800円支払う価値があるなぁと思うくらいでした。

キャスティングからの全体像推測

ストーリーは、ある夫婦の5年目を迎える結婚記念日に、妻が失踪するところから始まります。
夫が帰宅すると、居間でガラスのテーブルが砕けている。
警察が到着し捜査を始めると、キッチンの引き戸にわずかな血痕が発見される。
何かが起こった、そしてその形跡があったらしいという現場。

おそらく、サスペンス映画やミステリー小説をよく観ている人なら、ここですでに怪しいと気づくんでしょうね。私のそうでした。

私は普段、あまり情報を入れずに映画を純粋に観ようと心がけています。
しかし今回は、映画の具体的情報とは無縁の「キャスティング」、特に妻役にロザムンド・パイクが起用されたってことで、この妻思いっきり怪しいなと思ってました。

この人はトム・クルーズ主演の『Jack Reacher』で弁護士役(だったかな?)で出演していて、プロモ来日もしてました。
ほとんど無名だった人が、トムの相手役になるくらいだから、かなりの実力のある人なんだなぁと思ってました。実際にそつなくこなしていましたし。
そして、フィンチャー先生が彼女を抜擢。これは何かあると。相当上手い人なんだと。
蓋を開けてみれば、まさしく!でした。

で、ベン・アフレック扮する夫が妻を殺害して隠蔽したのではないかという雰囲気が続いていく。
けれども、猫写として夫はなんかシロっぽい。やっぱりどうしても妻が怪しい。
事態は町をあげての捜索、マスコミが駆けつけ全米の騒ぎに発展する。
ここらへんから、ベンアフの起用に含み笑いが込み上げてきますね。かつての恋人ジェニファー・ロペスとのアレコレでのバッシングがオーバーラップします。

圧倒的に怪しい妻

この映画は大きく3つに分かれていると思いました。あえて章付けして、まずは第1章から。
まず冒頭で示される、髪を撫でられている妻がこちらを見上げる目は、「何を考えているのか分からない妻」そのもので、圧倒的に怪しい。
「うわっ、シャロン・ストーンっぽい!」と思ってしまった。
この勘は何気に正しかったと思います。

このイメージが強すぎて、後に続く“夫の犯罪である印象”は弱まるばかり。むしろ、夫の犯罪だとする客観的証拠が集まるほど夫の犯罪ではないという確信が強まっていきますよね。
私はキャスティングから妻が最初から怪しいと思って見ているので、どうしてこんな(まわりくどい)ことをするのか?という目線で追ってしまいます。

すると、もうフラグがばさばさと立っていきます。
失踪、捜査、偏向報道と並行して、この夫婦の出会い、恋人として過ごした日々のキラキラ感、2人の性格、冷えていく結婚生活などが描かれます。
妻はハーバード卒のエリートで、児童文学のモデルとなった人物である意味有名人。一方で夫はカッコイイけどしがない二流の記者。
ついに職を失った夫。巨額の信託財産がある妻。プレナップ(婚前契約)を交わした事実。
とある理由があって(夫の母親の看病だったかな?)夫婦は親元の田舎に引っ越すことに。
妻がつづる日記には自分の居場所の無さ、もしかして夫に殺されるかもしれないという苦悩が記されていく。
捜査初期段階で、自宅の下着がしまってあるクローゼットから「hint 1」と書かれた封筒が発見されます。
これも、単なる結婚記念日にやるお遊びではなく、何らかの意図があって誘導されていると見てましたし、そう見るでしょうね普通は。
失踪する前の妻の行動を探るヒントとして、「hint 2」までは警察とともに行動します。
しかし、夫は「hint 2」の答えを解き、ひとりで「hint 3」に辿り着き、最終的にたどり着いた妹の家の倉庫を開けて妻からのプレゼントを発見する。
そこには、高く積まれた高級品とともに、妻が夫を殺害したという人形がプレゼントとして置かれていた。
妻が巧妙に仕組んだ計画だったことがわかり、第1章が終わります。
「ああ、やっぱりね」で第1章、「さぁ次どうなるの?(ワクワク)」な心構えで第2章に突入。

計画は狂ったのか?

次に妻の計画。一連の出来事を計画した妻の視点からも描かれる。
観ている側としては、「さぁここからですよぉ」みたいな感じです。
髪を切り変装しモーテルに落ち着いた妻は、カレンダーにやるべき計画の付箋を貼っていく。自分の顔をハンマーで打ち付け、DVに見せかける。
すべては(やはり)周到な計画。

並行して夫の浮気が分かり、夫婦仲は冷め切っていて離婚を切り出そうと考えていたことも明らかになります。
あぁやっぱりねとミステリーとしては先が読める展開なんだけど、事実が少しずつ明るみになり、ゾクゾク感が続くのはフィンチャー先生の描き方によるものでしょうね。

私は、当初「夫への復讐」だと思って観ていました。
つまり、夫が自分(妻)を殺害したということを偽装して、自殺する。遺体が発見されて、夫にとって不利な証拠を残し(捏造し)、刑務所へ送る。
頭の良い自分が頭の悪い夫に付き合ったばかりにこんな惨めな目にあわされた、その仕返しとして行動しているものと思っていました。
そしてそれはある意味正しいと思っています。

しかし、計画は狂うもの。
モーテルの隣にいるチャラそうな女から声を掛けられます。
妻はナンシーと偽名を使い、適当にあしらうものの、再びプールサイドで「ナンシー」と声を掛けられる。交流を避けるためあえて気づかない振り(無視)をしているのかなと思ったけど、フラグは一応立てておきました。結果としては、“やはり”だったのですが。

ネットを見て報道の進行具合を確認し、テレビで夫が窮地に立たされているのを見て喜ぶ妻。
計画が着々と進行している。
しかし、チャラそうな女と男に現金を奪われる予想外の出来事が起きる。
悔しがる妻。
妻の性格を推測するに、夫への復讐の前に、この泥棒男女に対する復讐をすると思いました。
なぜなら、“こんな頭の良い私が、あんな頭の悪い男女に屈辱を受けた”というのは、夫への復讐に近い感情だから。

最終的な夫への復讐に至る前に、直近の復讐をするのかと。
でも違っていました。ちょっと納得がいきませんけど、最終目標達成の過程でちょっとした邪魔が入ったという程度なのでしょう。

大量に持っていた現金は、あくまでも軍資金でしょうか。これから死のうとする人がすべてを清算するための後処理費用。それなら大量の現金所持はまあよしでしょうか。

妻はカレンダーから「KILL SELF」と書かれた付箋を剥がし、高校時代の元恋人(ニール・パトリック・ハリス)と連絡を取ります。
これは計画が狂ってしまったことなのか?
ちょっと分からない。
現金を奪われなかったら死ぬつもりだった?
計画を変えた?
それとも、最初から複数の計画を用意していたのか?

これは映画からは分からない気がしました。観直せばヒントがあるかもですが。
ちょっとよく覚えてませんが、「KILL SELF」の付箋が2つ貼ってあったような気もします。カレンダーの11月と12月だったような?(ううっ記憶がっ)
とすると、自殺は迷っていたという考えられる。 (ただ、自殺を迷うという選択肢ってあるのかな?)
それなら、自殺を先延ばしにして、とりあえず居心地の良い、匿ってくれるはずの元恋人と接触するという計画はアリかな。

あるいは、チャラい女の部屋で見たテレビで、夫が捜索してくれていると嬉しくなって予定していた自殺を取りやめたと考えたほうが良いでしょうか。

「意のままに操る」とはどういうことか

第3章。
この元恋人は、記録的にはつきまとい(ストーカー)として記されている人物です。
彼は彼女を別荘に連れていき、丁寧にもてなします。この彼も何やら怪しげな雰囲気です。
彼女は一体何をしたかったのでしょうか?
落ち着きたかったのか、作戦を練り直したかったのか、現金を奪われたから資金が必要だったのか、よく分かりません。

もしかすると、「夫が心を入れ替える」という計画もあったのかもしれません。
プランA「夫を陥れて、自殺」。
プランB「夫の心を入れ替えさせて、元に戻る(やり直す)」。
こう考えると私は腑に落ちました。

でも女刑事の言うとおり、妻の怪しい点や証拠が多すぎるし、何より夫の心はすでに離れているので、プランBは難しいのではと思ってました。
しかし、アブナイ女は自分に都合良い解釈をするもの。

面白いのは、計画変更の瞬間です。
夕食をとりながら見たテレビで、妻に変化が起こります。
インタビューで夫が真摯な姿で妻に対して自分の浮気、不完全な人間であることを認め謝罪し、戻ってきてほしいと訴えます。
このインタビューを見た妻はベタに心動かされます。
彼女的には、してやったり、大成功、なんでしょうか。

ここから「何を考えているのか分からない妻」の本領発揮です。
元恋人が財産に物を言わせて作った監視システムを利用して元恋人に不利な映像を証拠として残し、
帰宅した元恋人をベッドに誘惑し、エグすぎる殺害を実行(ちなみにニールはゲイを公表しているので、劇中のベッドシーンにおいおいと心のなかでツッコミ入れときましたが)。

血まみれの姿で夫の元に姿を現し、報道陣のフラッシュを浴びる夫婦。
世間的には良かった良かっただけど、夫にしてみれば地獄。自分を陥れようとした妻が戻ってくるわけですから。
妻は何食わぬ顔で、以前の生活に戻ろうとし、夫に指図していく。
コワすぎ。
(((>_<)))

知人を殺害してまで夫の元に戻ろうとするのか。
サイコパスだからそうなんだ、と言われればそれまでだけれど。残念ながらここで、うーん……と思ってしまった。
病んでる人だからこんな計画立てるし、平気で戻ってこられる、と考えるのが筋ですかね。

夕食でテレビを見た後に「KILL SELF」を削除するのなら分かるのです。
「あの人の元に返って結婚生活をやり直せる」と。
「浮気を認めてくれて、自分の非を認めてくれて、私に戻ってきてほしいと本気の顔で言ってくれた」と(本当は夫の演技なんだけど)。
だから計画を変更して夫の元に帰ろうと。

プランBに変更なら、大成功!です。
相手が何を考えているのか察する力が弱いサイコパスだからこそ、元通りの結婚生活を送れると信じて疑わない。
夫を意のままに操り、自分の思い通りの生活をしたい。相手の意思より自分の欲求に重きが置かれる。
それを実行してしまうところが、彼女の本当に怖いところだと思います。

妻はサイコパスか?

妻のしていることは本当に恐ろしいことです。
しかし、彼女はサイコパスなのでしょうか?

犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは以下のように定義しているそうです。

サイコパスの特徴

  • 良心が異常に欠如している
  • 他者に冷淡で共感しない
  • 慢性的に平然と嘘をつく
  • 行動に対する責任が全く取れない
  • 罪悪感が皆無
  • 自尊心が過大で自己中心的
  • 口が達者で表面は魅力的

精神病質 - Wikipedia

これを見る限り、彼女の行動の多くが当てはまると思います。
しかし、私は単にサイコパスというくくりに入れたくないような気もしています。

反社会的というより、むしろ愛に忠実という気がするからです。
ストーカーのようなものに近いような。
私は学者ではないので詳しいことは分かりませんが、「中核型」と称されるものなのかなと推測します。

影山任佐による分類

  • 誇大自信過剰型 … 好かれているはずだと思い込む。
  • 未練執着型 … 別れた恋人や配偶者にストーキングする。
  • ファン型 … 有名人にストーキングする。
  • 妄想型 … 一方的な恋愛感情や被害者意識。
  • 中核型 … 相手を支配しようとしたり、相手の心の中に『巣くおう』とする。最も現代的な型。

ストーカー - Wikipedia

妻の髪を撫でる夫

ついに妻が戻り、不穏な空気のなか、なんとなく生活を元通りにせざるを得ない状況が続いていく。
夫は、人を殺したんだぞと妻に言い、
妻は、何食わぬ顔で元の幸せだった生活を続けようとする。

ある時、夫は我慢に耐えかね、妻を壁に激しく押し付ける。 すると、妻はダイレクトに「これが結婚というものよ」と夫に言います。
本作はこれに集約されますよね。

見知らぬ者同士が出会って愛を育み結婚して、理解を深めていく。しかし、本当に相手のことを理解しているのかなんて分からない。
既婚者の中には「結婚生活なんて地獄」と漏らす人も少なからずいます。
本作を見て「あぁ、結婚してぇ」と思う人はまれだと思いますが(笑)、「妻/夫(恋人)のことをもっと大切にしないといけない」と思った人はいると思います。
結婚生活の本質の一部を誇張して描いているのが分かります。

観終わった後、なぜ夫はこんな恐っそろしい妻の髪を撫でているんだろう?と思いました。
夫のモノローグは、妻が戻ってきた後ですよね。「妻は何を考えているのだろうか」というようなことを語っている。

観客は凄まじい行いを見ているのでおぞましい気分です。 しかし、夫にしてみれば自分が浮気をした事実や妻を精神的に追いやってしまったことをどう思っているのか。
あんな怖いプレゼントを渡されて、「あなたは終わりよ」とまで書き置きされても、しかも殺人を犯した妻と、再び一緒に結婚生活を送るのか。
好意的に解釈すると、お互い努力して理解し合い、リスペクトして日々を送るという理想的な結婚生活に妻は気づかせた。
ある意味、夫を本当に愛していたと言えるのではないか。やり方は凄まじけれど。
激しい愛の果て。

観終わった後、サイコパスに至る幼少期の猫写がないから甘いかもなぁとか思ってました。
でもすぐその考えは消え去りました。
なぜなら、相手の考えは分からないものだから。お互い努力して理解し合い深めていくものだから。
パートナーのことは分からない。しょせんは他人。 だから、リスペクトして日々を送ろうと。
誰にでも起こりえる状況ですよね。
怖いけど。
冷静に考えれば即離婚ですけど、とっても奇妙なハッピーエンドのような気もします。

この夫婦の行く末を観客に委ねる結末です。
観客ひとりひとりが、この夫婦のこと、結婚のことを考えることにこの映画の意義があると思います。

格差婚

この夫婦が上手くいくかどうかはさておき、吊り合わない結婚は現実に多くあります。
本作では、エリート妻とダメ夫という典型。
職を失いかつての(出会った頃のような)輝きを失ったかのように見える夫。
浮気現場を目撃し、自分に対して暴力的な行動をとり始めた夫。
冷めてしまった関係、崖っぷちの結婚生活。

しかし、妻は、愛想を尽かして離婚するという道は選ばず、「夫の根性叩き直し大作戦」とでも言うべき計画すら立てる。
歪んだ愛かもしれないけれど、当人にしてみればそれが現状の解決手段だったのかもしれません。
そういう目で見ると、ダメ夫を更生する良き妻と捉えることもできますよね。
一方で、自分の思い通りに誘導したいという欲求があるのも事実。それは本当に愛なのか。
私は相手をリスペクトし尊重できることが愛につながるのかなと思います。